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大学院事業 3−4

戦略構想と未来学の重要性

1. 戦略構想とは?

 自社が必要とするチャンスを得る為に自社の経営資源を賢くリソースし、チャンス獲得までの筋道を考えることである。

2.未来学とは?

 未来学(Futurology)は、歴史上の状況を踏まえて未来での物事がどう変わっていくかを詳細に調査・推論する学問分野である。Futurology という言葉は本来未来研究を
 意味する。Ossip K. Flechtheimの造語であり、1940年代中盤に確率論に基づく新たな学問として提唱された。

3.未来学は他の分野の研究とは、以下の2点で異なる。

①未来学はありうる未来だけでなく、もっともらしい未来、望ましい未来、未知の未来も検討する。

 未来学は、様々な分野における洞察に基づいて、全体的あるいは体系的な視点で考えることが多い。時間を直線に喩えると、未来は時間線の中で未だ起きていない部分を指す。
 すなわち、未だ起きていない事象の存在する時空間である。その意味で未来は過去(既に起きた事象と時間の集まり)の反対であり、現在(今起きつつある事象の集まり)の
 反対でもある。

②未来学者は、未来を見通し、何らかの分析を試みようとする人々である。未来学は様々な文化的文脈の中では異なる用語で呼ばれる。

 未来学者は、ありうべき未来を予測するべく「 Strategic Foresight(戦略的洞察)」の適用を試みる。現在の傾向から未来の状態を予測(想定)するのが典型的方法論だが、
 逆に想定される未来をもたらすには今どうすべきかを考える「 backcasting 」の手法もある。(本学では backcasting手法の普及を目指しています)

 現在のような学際的性格の未来学あるいは未来研究とは、1960年代中盤の初期の未来学者、Olaf Helmer、Bertrand de Jouvenel、Gábor Dénes、Oliver Markley、Burt
 Nanus、Wendell Bell らによって確立された。

 未来研究は、現在の選択が将来にどう影響するかを研究するものである。
 予測(想定)を行い、ありうべき未来を描くため、変化と安定の源泉・パターン・原因の分析を試みる。

4.戦略経営とは?

 未来認識より発見した自社にとってのチャンスを獲得すること。又、発見したリスクに対処することなど戦略的対処を構想するために自社の経営資源を賢くリソースすること
 が戦略的企業経営(戦略経営)である。
 経営資源を賢くリソースする為には、自社の経営資源を分析評価し、様々な戦略パターン(戦略の定石)の中から最適な戦略パターンを組み合わせ戦略を構想し戦略決定する。
 そして、戦略を実践する為の計画と計画遂行のモニタリングを行い戦略を実践し期待される成果を得る為の一連の経営行動である。

5.未来研究の対象と活用実態

 研究対象には、ありうる変化、もっともらしい変化、望ましい変化、その他の変化の社会的側面と自然的側面が含まれる。未来研究は多角的に未来を予測(想定)する。学問
 分野としては未だ若く、概念や方法論も十分に確立していないものの、多くの先進企業が未来学の成果を長期的な成長に関する自社の戦略立案に役立てている。

■未来を知る為の技術「Scenario Planning」の紹介

ケース「Shell energy scenarios to 2050」英語版

*動画が再生されると音声が出ますのご注意下さい



研究者の紹介

■未来学者と未来予測する人々 (著名な研究者)

*アルビン・トフラー(Alvin Toffler )(出典先:wikipedia参照、部分加筆あり)

<プロフィール>

アルビン・トフラー(Alvin Toffler)アメリカの評論家、作家、未来学者。妻のハイジトフラーも作家であり未来学者である。ともにアメリカ国防大学教授、国際連合女性開発基金米国委員会の共同議長を務めている。「デジタル革命」「コミュニケーション革命」「組織革命」「技術的特異点」といった「情報社会」実現の予言に関した業績で特に知られ、フォーチュン・アソシエイトエディターを勤めた。初期の仕事はテクノロジーと(情報の過負荷状態などによる)その影響に関するものだった。その後は、社会の変化と相互作用に興味を移していく。特にポスト冷戦以降の関心事は、21世紀の軍事技術、兵器や技術の増殖、資本主義の増大する力への提言が多くなった。1928年ニューヨーク市で生まれる、1949年ニューヨーク大学卒業。妻となるハイジとはニューヨーク大学で出会った。学生だった彼らは、大学院にそのまま在学し続けることに疑問を持ち、アメリカ中西部に移住。そこで結婚して工場の従業員として約5年間を過ごし、工業化された大量生産の現場について実地で勉強した。ハイジはアルミニウム鋳造工場で働いていたが、その工場の組合事務員として働くようになった。アルビンは機械修理工兼溶接工となった。彼らの実地の労働経験により、トフラーはまず組合系の新聞記者となり、ワシントン支局に異動となり、ペンシルベニアの日刊新聞の特派員として3年間、議会とホワイトハウスを担当した。その間、妻はビジネスと行動科学を中心とした専門的図書館で働いていた。フォーチュン誌に招かれてニューヨークに戻り、アルビンは労働問題担当のコラムニストになった。後にビジネスや経営についても担当するようになる。フォーチュン誌を離れると、IBMに雇われることになり、コンピュータが社会や組織に与える影響について調査する仕事を請け負った。このため、コンピュータ黎明期の開発者や人工知能研究者らと知り合うことになった。ゼロックスは彼を招いて同社の研究所について文章を書いてもらい、AT&Tは彼をコンサルタントとし、戦略的助言を求めた。このAT&Tでの仕事では、政府がAT&T解体を強制する10年以上前に彼は分割を助言していた。
1960年代より、トフラーは、著書『未来の衝撃』に結実する文章を書き始めていた。かつては コーネル大学の客員教授、ホワイトハウス特派員、フォーチュン誌編集者、ビジネスコンサルタントなどを務めた、世界各国のオピニオン雑誌に論文が訳されている。1996年、ビジネスコンサルタントのトム・ジョンソンと共同でトフラーの著作にあるアイデアを様々な形で実現するコンサルタント会社「ToffleAssociates」を設立した。LinkIcon(公式サイトへのアクセスはこちら)
Toffler Associates の顧客は企業やNGOだけでなく、アメリカ合衆国、韓国、メキシコ、ブラジル、シンガポール、オーストラリアといった国々の政府も含まれる。

著書:「未来への衝撃」「第三の波」「未来適応企業」「パワーシフト」(日本語翻訳分)、日本では「第三の波」はマンガでも出版された。

*ハーマン・カーン(Herman Kahn)(出典先:wikipedia参照、部分加筆あり)

<プロフィール>

(Herman Kahn、1922年〜1983年)は、アメリカの未来学者、軍事理論家。
一般システム理論の論客として知られる。シンクタンクのハドソン研究所創設者。ニュージャージー州にユダヤ系の一家に生まれる。10歳で両親の離婚に伴い、兄弟と共にカリフォルニアに移住。カリフォルニアロサンゼルス校入学して、物理学を専攻した。第二次世界大戦中はビルマ戦線で通信兵として従軍し、中性子爆弾の開発者となったサミユエル・コーエンの引きで1947年にランド研究所に入所。カリフォルニア工科大学で博士号を取得し、冷戦下における戦略分析に従事した。1959年にプリンストン大学に出向し、ランドに戻ると『水爆戦争論』を上梓。核戦争下の民間防衛について論じたこの本は死の灰の影響を低く評価し限定核戦争を肯定するなど多くの批判に晒された。しかし一方ではバートランド・ラッセルが核兵器による平和の達成を不可能だと論証したと評価するなど、平和主義的的立場から(本来の意図とは違う意味で)評価されたりもしている。その後関心を未来学に移し、1961年にランドから独立してハドソン研究所を創設、所長となった。1970年には『超大国日本の挑戦』を著し「21世紀は日本の世紀」と断言。

「2000年頃に日本の国民一人当りの所得がアメリカと並んで世界一のレベルに達する」「軍事的にはアメリカの、経済的には中華人民共和国の影響下に置かれる」などと予想した。


SDF2.1 updated 2020-07-02